狩猟文鏡
しゅりょうもんきょう
概要
銅鏡は、姿を映し光を反射することから当時の人々に畏れられ、魔よけや権力の象徴として大切にされていました。この鏡の発見場所は詳しくわかっていません。しかし、多くの鏡は古墳に納められ、被葬者に立てかけたりその体の上に置いたりして、死者を守るためもしくはその霊を鎮めるために使われたといわれています。4世紀には、中国製の鏡をまねたり、この鏡のように日本独自の文様を表したりした日本製の鏡、倭鏡(わきょう)が作られました。
中央の二重の円の内側には人物が4人、角のある鹿のような動物が4頭交互に並んでいます。それを取り囲むように、外側には10人の人物の文様がめぐっています。ほとんどの人物は片手に盾を持ち、もう片方の手で刀や剣のようなものを振りかざしています。これは狩猟の場面を表しているとされ、そこから「狩猟文鏡」と名付けられました。
しかし、当時の狩猟は弓で獲物を射るスタイルでしたので、盾も剣も必要ありません。また、内側の人物の一人は手に武器ではなく壺を持っています。壺は、穀物が豊かに実るようにという人々の祈りを表すとされ、さらに、鹿はその角が生え変わることで再生の象徴でもあることから、この鏡は祭の舞踊の場面を表すという説もあります。倭鏡にはいくつかのパターン化された図像を配する文様が多い中で、このように絵画的に一つの場面や動きをあらわすものはめずらしく大変貴重です。
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