髙見神社
たかみじんじゃ
概要
髙見神社
たかみじんじゃ
福岡県
昭和/1935~1940
本殿 木造、三間社流造、銅板葺
祝詞舎 木造、桁行一間、梁間一間、切妻造、銅板葺
拝殿 木造、桁行三間、梁間二間、入母屋造、向拝三間、銅板葺
祭舎及び渡廊(西) 祭舎 木造、桁行三間、梁間一間、切妻造、銅板葺、南面庇付
渡廊 木造、桁行三間、梁間一間、入母屋造、銅板葺
祭舎及び渡廊(東) 祭舎 木造、桁行三間、梁間一間、切妻造、銅板葺、南面庇付
渡廊 木造、桁行三間、梁間一間、入母屋造、銅板葺
透塀門及び透塀 透塀門 木造、一間一戸、腕木門、銅板葺、間口2.1m
透塀 木造、銅板葺、総延長58.6m、潜戸付
神饌所 木造、桁行7.3m、梁間4.5m、入母屋造、銅板葺、西面鉄筋コンクリート造橋附属、北面突出部 木造平屋建、桁行4.5m、梁間3.6m、切妻造、銅板葺
神楽殿及び渡廊下 神楽殿 木造、桁行11.2m、梁間5.5m、入母屋造、銅板葺、左右翼廊 各桁行3.6m、梁間4.5m、切妻造、銅板葺
渡廊下 木造、桁行5.5m、梁間1.8m、切妻造、銅板葺
神門 木造、三間三戸、入母屋造、銅板葺
袖舎及び廻廊(西) 袖舎 木造一部鉄筋コンクリート造、桁行7.3m、梁間3.6m、入母屋造、銅板葺
廻廊 木造一部鉄筋コンクリート造、桁行6.8m、梁間2.7m、切妻造、銅板葺
袖舎及び廻廊(東) 袖舎 木造一部鉄筋コンクリート造、桁行7.3m、梁間3.6m、入母屋造、銅板葺
廻廊 木造一部鉄筋コンクリート造、桁行13.6m、梁間2.7m、切妻造、銅板葺
掖神門及び玉垣 掖神門 木造、一間一戸、腕木門、銅板葺、間口2.5m
玉垣 木造、銅板葺、総延長11.0m
手水舎 木造、桁行3.6m、梁間1.1m、切妻造、銅板葺
第一鳥居 鉄筋コンクリート造、明神鳥居、間口6.1m
第二鳥居 木造、明神鳥居、間口5.5m
附 棟札1枚、置札1枚(昭和十一年十月二十五日上棟)
設計書1冊(「髙見神社新築設計書」)
13棟、2基
北九州市八幡東区高見1丁目1番1号
福岡県指定
指定年月日:20240329
髙見神社
有形文化財(建造物)
髙見神社は、神(じん)功(ぐう)皇后(こうごう)の朝鮮出兵の際に戦勝を祈願して、洞(どう)海(かい)湾(わん)付近の高見山に皇祖(こうそ)神(しん)十二柱(じゅうにはしら)を祀ったのが創始とされる。明治30年(1897)2月に官営製鐵所の建設地が遠賀郡八幡村に決定し、髙見神社が鎮座する高見山は工場用地の一部となり、明治31年に近隣の豊山(とよやま)八幡(はちまん)神社(じんじゃ)の境内に遷座された。昭和9年(1934)1月の日本製鐵株式会社の創設等を契機に、八幡製鐵所の鎮守社として髙見神社を建立する機運が高まり、大蔵入地(おおくらいりち)に遷座地を決定した。
第一期工事は、昭和10年10月から昭和12年4月にかけて実施され、本(ほん)殿(でん)・祝詞舎(のりとや)・拝殿(はいでん)・渡廊(わたりろう)・祭舎(さいしゃ)・透(すき)塀門(べいもん)及び透塀・第一鳥居・第二鳥居等が完成した。第二期工事は、昭和12年4月から昭和13年3月にかけて実施され、神饌所(しんせんしょ)・神楽(かぐら)殿(でん)及び渡廊下・手水舎(てみずしゃ)等が完成した。第三期工事は、昭和13年から昭和17年にかけて実施され、神門・袖舎(そでしゃ)・廻廊・掖(わき)神門(しんもん)・渡廊下等が昭和15年に完成し、同年11月3日に竣工記念祭が執行された。
髙見神社は、内務省神社局技師の角南(すなみ)隆(たかし)が神社造営の設計顧問となり、同局考証課長の宮地(みやじ)直一(なおかず)が祭祀考証や殿内設備の設計を担当するなど、全国の官国幣社の神社行政を主導する神社建築の第一人者らが関与し、八幡製鐵所の資金や技術等を駆使して造営された。社殿は良質な台湾檜を用いた素(しら)木造(きづくり)で、祭祀のしやすさや多数参拝を考慮した機能的な配置計画は先駆的であり、角南隆を中心とする内務省神社局による近代の神社建築の特徴を示す。また、丘陵地の地形を活かした巧みな配置や変化に富んだ屋根の構成など、大規模な社殿群を優れた意匠でまとめており、日本の近代製鉄の礎を築いた八幡製鐵所の鎮守社に相応しい壮麗な社頭景観を形成する。
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