小原日天社の鰐口

おばらにってんしゃのわにぐち

概要

小原日天社の鰐口

おばらにってんしゃのわにぐち

金工 / 室町 / 関東

不明

室町時代/1401~1500

本鰐口は鋳造による銅造で、表裏の表面は細隆線の二重円圏により中心から撞座、内区、外区に分けられ、撞座・内区は無文、外区には紀年銘を含む銘文が残されます。
銘文は「奉懸(かけたてまつる)高祖宮(こうそのみや)御宝殿(ごほうでん)鰐口 所祈(いのるところ)天長地久(てんちょうちきゅう)国(くに)泰(やすく)民安(たみやすし)」「應永(おうえい)十五年戊子(つちのえね)十一月廿八(にじゅうはち)日 大檀那(おおだんな)伴元信((とものもとのぶ))同(どう)願主(がんしゅ)業国((なりくに))拜懸(かけおがむ)」とあり、鏨状の工具により刻まれたとみられます。天地が永久に変わらないように物事がいつまでも続き、国家が泰平で人民が安穏であることを願って造れられたものですが、大旦那の伴元信、願主の業国なる人物は不明です。
市内で確認されている中世鰐口3点のうちの1つで、応永15年(1408)の紀年銘と作風には大きな乖離はありません。

幅25.3cm 厚8.6cm 地金厚0.4cm

1

個人

有形文化財(美術工芸品)

江戸時代後期に編纂された『新編相模国風土記稿』津久井県小原宿の項で紹介される鰐口は、記載の絵図では刻銘が「奉納應永十五年」と省略されていますが、修理で鋳懸けられた上部の形状など一致しており、本鰐口と同じものと見られます。また、底沢にある日天社の鰐口として文政7年(1824)以前に風祭彦右衛門・八木孫右衛門によって作成された「相州津久井県 与瀬村」にも記される。この地誌によれば、日天社は底沢にあり、百姓岡右衛門が所有することや、五尺・六尺の上屋内にある一尺二寸四方の小祠と、径八寸の鰐口が紹介され、表裏の銘文が読まれており、これにも一致する特徴を持ちます。

小原日天社の鰐口をもっと見る

不明をもっと見る

地方指定文化財データベースをもっと見る

関連作品

チェックした関連作品の検索