山名満幸遵行状

概要

山名満幸遵行状

至徳2年(1385)7月18日

縦27.3cm×横39.2cm

京都府立丹後郷土資料館蔵

京都府立丹後郷土資料館

山名氏一族は一二ヶ国もの守護職を掌握して六分一殿と呼ばれ権勢をふるったが将軍足利義満の分断策にあい明徳の乱を起こし勢力をそがれた。山名満幸は叔父氏清とともに乱の首謀者となる人物で、至徳二年当時丹後と出雲の守護を兼帯していた。本文書は室町将軍家御教書(『長福寺文書の研究』591号)をうけて守護が守護代土屋土佐守に命令を下達(これを遵行という)したもの。現在知られる唯一の丹後守護山名満幸発給文書の正文。
(以上、図録『特別陳列 古文書は語る―中世丹後の歴史―』より)

【参考文献】
百田昌夫「資料紹介 山名満幸と明徳の乱」『丹後郷土資料館だより』9号、1982年
図録『特別陳列 古文書は語る―中世丹後の歴史―』京都府立丹後郷土資料館、1993年

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