浦上天主堂れんが

うらかみてんしゅどうれんが

概要

浦上天主堂れんが

うらかみてんしゅどうれんが

その他 / 大正 / 長崎県

長崎県

大正/1914(大正3)竣工

170×107×61mm

舞鶴市立赤れんが博物館

1945(昭和20)年、8月6日に広島、9日には長崎へ、人類史上初めて原子爆弾が投下された。その年の12月末までに、広島では約14万人、長崎では約7万4千人が亡くなったとされる。また、原爆によって建築物もほとんど破壊され、まちは焼け野原となった。このれんがは、長崎で被爆した旧 浦上天主堂(現 カトリック浦上教会)のものである。浦上天主堂は、キリシタン信仰のあった長崎・浦上の地に建立された。20年間もの工事ののち、1914(大正3)年に献堂式が執り行われ、1925(同14)年には正面の塔も完成した。完成した天主堂は西向きで、高さ約 24 メートルの双塔を有し、ロマネスク様式の外観を持っていた。しかし1945(昭和20)年8月9日、長崎への原子爆弾投下によって大部分が倒壊した。戦後、残った外壁の一部はしばらく保存されたが、のちに移築され、1959(同34)年、倒壊前の外観を模して再建された。

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