小袖裂打敷(高台寺伝来)

こそでぎれうちしき(こうだいじでんらい)

概要

小袖裂打敷(高台寺伝来)

こそでぎれうちしき(こうだいじでんらい)

染織 / 安土・桃山 / 江戸 / 近畿

京都府

桃山~江戸時代初期

(1)萌葱地立涌桐文様唐織打敷
      裏地に「高臺院殿寄附」「慶長十二」等の墨書がある
   縦176.0㎝ 横174.5㎝
(2)紅白段替山道菊桐枝垂桜文様唐織打敷
   縦181.0㎝ 横180.0㎝
(3)萌葱地菊桐松竹鶴亀甲文様唐織打敷
   縦180.0㎝ 横182.0㎝
(4)紅地襷桐雪持柳楓筏文様唐織打敷
   縦155.0㎝ 横155.0㎝
(5)萌葱地三ツ盛菊桐文様唐織打敷
   縦178.0㎝ 横179.0㎝
(6)萌葱地枝菊花菱雪輪文様唐織打敷
   縦179.0㎝ 横177.0㎝
(7)白地縄目襷桜文様等唐織縫合打敷 
   縦153.0㎝ 横152.0㎝
(8)紅地薔薇雪持柳文様等唐織縫合打敷
   縦130.0㎝ 横130.0㎝
(9)紅地梅唐草窠文金襴打敷
      裏地に「高臺院殿御寄附之中也」等の墨書がある
   縦175.6㎝ 横168.0㎝
(10)紺地網菊花丸文散金襴打敷 
   縦174.0㎝ 横162.0㎝
(11)紅白浅葱段替桜樹文様刺繡打敷
      裏地に「慶長七年四月八日 月峯清玉」等の墨書がある
   縦169.0㎝ 横163.0㎝
(12)浅葱地丸文散摺箔打敷
      裏地に「無人紹有禅定門月忌之辰後室附寄焉」「寛永第八」等の墨書がある
   縦117.0㎝ 横113.0㎝

縦117.0~181.0㎝ 横113.0~182.0㎝

12枚

京都市東山区茶屋町527

重文指定年月日:20250926
国宝指定年月日:
登録年月日:

宗教法人高台寺

国宝・重要文化財(美術品)

 豊臣秀吉(一五三七~九八)の正室、高台院(一五四八または四九~一六二四)が夫の菩提を弔うために建立した高台寺に伝わる打敷である。本作は小袖や打掛など着用された衣服を解いて、打敷に仕立て替えたもので、唐織地が八枚、金襴地が二枚、平絹地に刺繡したものが一枚、打敷に仕立てたのち綾地に金摺箔を施したものが一枚ある。仕立ては、おおよそ中央に四角形を作り、その周囲に縁をめぐらせる鏡仕立てとなっている。
 打敷は、仏前の卓上に掛ける荘厳具の一種である。着衣を荘厳具に仕立て替えて寄進することは、着用者の追善供養や現世・来世の安穏などを願って行われた。本打敷は、一領の衣服から一枚の打敷に仕立て替えたものが多く、衣服の形状に復元することができる。もとの衣服は全体に文様を配す通し文様のほか、段文様や、段をずらして二つの区画を交互に並べた段替り文様であった。こうした区画分けをする意匠構成は桃山時代の流行に沿ったものである。
 技法と文様については、唐織と刺繡が時代性をよく示している。唐織は、文様を表す絵緯糸が十色前後と多色で、その糸を生地表面に柔らかく浮かせておおらかに文様を織り出す。また一部の唐織には、文様の途中で絵緯糸を生地裏に沈める文綴じの原初的な例がみられる。文様は平面的で、上文と地文が等質的に表され、樹木や雪輪の形状、花を表裏一組にする表現などに桃山時代の唐織にみられる特徴が顕れている。刺繡は糸を長く渡して大きな桜樹を繡うもので、唐織と同じく色糸のゆったりと量感のあるさまや、桜花の平面的な表現、樹木の形状や配色に同時代の雰囲気が感じられる。
 本打敷の裏地には、それぞれに墨書があり、寄進した人物や年代、修理を行った記録などが記される。特に注目されるのは、高台院が寄進したことを記す二つの墨書である。ひとつは高台院が慶長十二年に寄進したことを示すもので、当時主に高位の人物が着用した唐織で仕立てた打敷に記されている。もうひとつは寄進年の情報はないが、梅唐草に綬を結んだ中国風の文様を表す金襴地の打敷に書かれている。金襴も格の高い織物であり、もとは高台院の着衣であったと考えられる。このほか後年に書かれたものであるが、江戸時代の作と思われる紺地金襴の打敷に、高台院の甥の継室にあたる永興院が寄進したとする墨書もみられる。
 以上のように、本打敷は桃山から江戸時代の意匠構成や染織技法の特色をよく示す優品である。墨書からは高台院をはじめとする寄進者、衣服の着用者、おおよその製作年代の下限を知ることができ、貴重である。また、信仰の形を示す染織品としても文化史上意義深い。

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