『御俗姓』(写)

ごぞくしょう(うつし)

概要

『御俗姓』(写)

ごぞくしょう(うつし)

民俗

原本:蓮如  (1415~99)

れんにょ

原本:文明9年11月/1477年

紙本・マクリ(継紙/裏打ちされて軸木が付けられている)・墨書

本紙:縦30.5cm×横175.4cm
全体:縦30.5cm×横178.1cm,軸長32.3cm

1枚

富山県高岡市古城1-5

資料番号 2-06-14

高岡市立博物館蔵

『御俗姓』は、本願寺第8世蓮如上人が文明9年(1477)の御正忌報恩講(開祖親鸞聖人の忌日に行う法会)にあたって書かれた「御文章」(ごぶんしょう)で、『俗姓の御文』(ぞくしょうのおふみ)とも呼ばれる。はじめに親鸞聖人の俗姓(出家得度前の姓)を明かしてその生涯について記したのち、報恩講における念仏者の心得を示し、真実信心をいただくよう勧めている。
前欠。継ぎ目に剥がれ、折れあり。

・蓮如(1415~99)
室町中期の浄土真宗の僧。本願寺第8世。京都の人。諱は兼寿。号、信証院。諡号は慧灯大師。宗旨を平易な文で説く「御文(御文章)」を送って布教し、門徒派の組織化に尽力。比叡山衆徒により本願寺が破却されて越前吉崎に住し、のち畿内に戻り、山科に本願寺を再興。晩年は大坂に石山別院を建立した。著「正信偈大意」。(小学館デジタル大辞泉)

・親鸞(1173~1263)
鎌倉初期の僧。浄土真宗の開祖。日野有範(ありのり)の子。比叡山で天台宗などを学び、29歳のとき法然に師事し、他力教に帰した。師の法難に連座して越後に流され、ここで恵信尼と結婚し、善鸞と覚信尼をもうけた。のち、許されて常陸・信濃・下野などを教化(きょうけ)し、浄土真宗を開き、阿弥陀による万人救済を説いた。著「教行信証」「愚禿鈔」など。諡号は見真大師。(小学館デジタル大辞泉)

<参考>
・浄土真宗本願寺派総合研究所ホームページ「聖典セミナー〈Ⅱ〉御俗姓①」
・浄土真宗聖典オンライン検索システム「御俗姓」(令和8年6月20日アクセス)
・コトバンク(令和8年6月19日アクセス)

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