林忠正編著『パリ・イリュストレ』日本特集号

はやしただまさへんちょ ぱり いりゅすとれ にほんとくしゅうごう

概要

林忠正編著『パリ・イリュストレ』日本特集号

はやしただまさへんちょ ぱり いりゅすとれ にほんとくしゅうごう

文書・書籍 / 明治 / 富山県

林 忠正(編著)、シャルル・ジロー(編・監修)、A・ラユール(編集)、 L・バシェ(同)  (1853~1906)

はやし ただまさ しゃるる じろー へん かんしゅう

富山県高岡市

明治19年5月1日/1886

紙本・印刷(カラー)

縦45.1㎝×横33.3㎝

1冊(20頁)

富山県高岡市古城1-5

資料番号 1-03-193

高岡市立博物館蔵

雑誌『パリ・イリュストレ(Paris Illustre)』日本特集号(第45・46合併号、1886年5月1日)は高岡市出身の美術商・林忠正が執筆・編集したもので、初めてフランス語で日本の歴史・文化等を紹介し、当時ヨーロッパで盛行していた「ジャポニスム(日本趣味)」拡大に寄与したとされている。
 同誌はシャルル・ジロー(1853~1903)が編集長を務めたフランスのイラスト入り月刊誌である(のちに週刊となる)。多色リトグラフ印刷を用いた多くの挿絵で好評を博した雑誌で、世紀末パリを代表するビジュアル雑誌であった(※1)。
 本資料の寄贈者で忠正義孫、作家、忠正研究者の木々康子氏は本資料を「雑誌のほとんどが、林の執筆したエッセー「日本」で占められている。日本の歴史、気候風土、宗教、ハラキリ、日本人の性格、衣服、習慣、芝居など13 項目に分けて書かれ、所々に「日本の諺」の抜粋、歌麿、北斎などの浮世絵、光琳のデッサン、ジョルジュ・ビゴーの「日本のスケッチ」などを加えて、約20 頁を「日本」が独占している。(中略)華麗な歌麿の浮世絵で飾られた表紙には、英泉の花魁の姿が描かれたカバーがかけられている。日本に憧れ、浮世絵に夢中になって、ビングの店に通っていたファン・ゴッホが、これを模写していることは有名である。」(※2)
 本来は渓斎英泉の「雲龍打掛の花魁」が配されたカバーが掛けられているが、本資料には付属していない。英泉のオリジナルは花魁が右を向いているが、カバーでは忠正が左右反転している。ゴッホの模写は左を向いた花魁図なので、確かにこの忠正編集の本資料をゴッホが見たことがわかる。
 なお、忠正が高岡在住の弟・長崎千里に送ったカバーの墨書には、全文フランス語の本文執筆、および掲載した錦絵の選別などの編集レイアウトも忠正が行い、25,000 部を印刷し完売したとある。
 また、加藤哲弘氏は「きわめて具体的で分かりやすい記述が続く。現代のわたしたちから見ても、ちょっと意外で興味深い解説が多い。江戸時代の日本人の、とくに庶民たちの生活を記述する、ユーモアも感じられる明快で親しみやすい林の文章を読んでいると、この記事が「日本趣味(ジャポネズリ)」の拡大に大きな役割を果たしたことがよくわかる。しかし、言うまでもなく、強い影響力を行使したのは文章だけではない。読者たちはあちこちに挿入された画像にも深く魅了されたに違いない。」(※3)と評価している。
 本資料は全24 頁のうち4 頁(p5,6,19,20)分が欠損している。
 ちなみに当館には、本資料を含む1886 年1 月~1887 年4 月に発行された第40~61 号の全16 冊の合本(41・42 号、45・46 号、48・49 号、52・53 号、54・55 号、56・57 号は合併号)を既に収蔵している。
------
【注】
※1.HP「青羽古書店/林忠正 / ジロー / グラッセ「パリ・イリュストレ『日本特集号(第45・46 号)』」ほか収録」20261006 アクセス(以下の注も本サイトよりの引用)

※2.木々康子氏は『林忠正:浮世絵を超えて日本美術のすべてを』(ミネルヴァ書房、2009 年)で本資料は、下記のように解説されている。
「1886 年の『パリ・イリュストレ』5 月1 日号は、「日本特集」として、雑誌のほとんどが、林の執筆したエッセー「日本」で占められている。日本の歴史、気候風土、宗教、ハラキリ、日本人の性格、衣服、習慣、芝居など13 項目に分けて書かれ、所々に「日本の諺」の抜粋、歌麿、北斎などの浮世絵、光琳のデッサン、ジョルジュ・ビゴーの「日本のスケッチ」などを加えて、約20頁を「日本」が独占している。といって林が雑誌を編纂したわけではないが、この長いエッセーを掲載するための図版の選定や構成など、編集にも参画したと考えられる。このときは編集長ジロー(Charles Gillot, 1853 - 1903、『パリ・イリュストレ』をはじめとした多色リトグラフ 印刷を用いた出版活動を精力的に行いつつ、浮世絵の熱心なコレクターで林の顧客であった;引用者注)、編集者はA・ラユールとL・バシェと記されているが、主筆のシャルル・ジローの監修のもと、2 人の編集者が編集を行い、また、編集者は販売もとりしきっていたと見える。
 華麗な歌麿の浮世絵で飾られた表紙には、英泉の花魁の姿が描かれたカバーがかけられている。日本に憧れ、浮世絵に夢中になって、ビングの店に通っていたファン・ゴッホが、これを模写していることは有名である。」

※3.加藤哲弘「『パリ・イリュストレ』45-46 号」(関西学院大学図書館館報『時計台』第78号、2008 年4 月)。

関連作品

チェックした関連作品の検索