高岡市末広町料理旅館・宮野梅松園関係資料

たかおかしすえひろまちりょうりりょかん・みやのばいしょうえんかんけいしりょう

概要

高岡市末広町料理旅館・宮野梅松園関係資料

たかおかしすえひろまちりょうりりょかん・みやのばいしょうえんかんけいしりょう

その他 / 富山県

富山県高岡市

15件19点

富山県高岡市古城1-5

資料番号 1-99-51

高岡市立博物館蔵

関連リンクに資料目録あり。

高岡を代表する料理旅館であった宮野梅松園は、明治後期に初代 宮野一平(?~1912)が末広町40番地に創業し、2代彌一郎(1887~1937)を経て3代保一(1885~1977)が昭和17~18年頃まで営業していた(寄贈者は4代)。なお、宮野氏の先祖は藩の足軽であったと伝わっており、宮野梅松園が営業していた土地は高岡町奉行 伊藤内膳(1594~1669)の屋敷地であり、のち御旅屋の庭園となったという。

寄贈者が先祖から聞いた話によると、明治27年(1894)9月頃、暴風により七本杉(※)の7本の幹のうち5本が折れてしまった。この折れた5本の遺材を宮野家の納屋で保管し続けていたところ、3代保一の夢枕に「七本杉の遺材を使って、富山の仏壇または彫刻師に天狗の像を作ってもらえ」とのお告げがあり、天狗像や厨子、祠、台座 などを作成して(作者不明)家で祀っていたとのこと。
この祠の祭祀は正式には「妙法講」(保一妻みすいが日蓮宗のお経を唱えていた)といったが、「高神様(たかがみさま)」と通称され、毎月1日に行われていたという。ちなみに、宮野家の菩提寺は博労町の極楽寺(浄土宗)である。また祠内の稲荷神璽は天狗と直接関係は無いと思われ、保一、または妻みすいの個人的信仰により勧請されたと思われる。

【注:七本杉】
高岡市末広町にかつて存在したスギの大木。樹齢は1,000年を超えるとされ、高さは38m、幹回り18mともいわれる。古来よりご神木とされ、神霊や天狗がいるともいわれたが、枯れて倒潰のおそれが出てきたうえ、交通や商店街拡張の妨げともなってきたので、昭和2年(1927)11月に伐採された。

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