絵葉書「(高岡名勝)桜の馬場」
えはがき「(たかおかめいしょう)さくらのばば」
概要
絵葉書「(高岡名勝)桜の馬場」
えはがき「(たかおかめいしょう)さくらのばば」
富山県高岡市
大正7~昭和7年頃/1918~32年頃
紙・葉書・印刷
①縦9.1cm×横14.1cm
②縦9.0cm×横14.1cm
2葉
富山県高岡市古城1-5
資料番号 1-05-336
高岡市立博物館蔵
いずれも高岡市の桜馬場公園を撮影した写真絵葉書で、未使用(ただし①の表面には文字の一部が書かれている)。
②は1-05-227 絵葉書「高岡名勝」に同一資料あり。
桜馬場公園
慶長15年(1610)に高岡城に付属して設置された馬術訓練場。付近はすべて侍屋敷で、藩士が引き揚げた後は市街地と畑地に変わり、馬場(広場)のみがそのままに放置されていた。馬場の両側には土手を築き桜が植えられ、やがてここは北陸有数の桜の名所となり「桜馬場」と呼ばれるようになる。
ところが、明治3年(1870)3月に高岡城跡並びに御旅屋、桜馬場を開墾などのために民間へ払い下げるよう命令が出され、最終的に豊饒社(肥料取引会社)社長・鳥山敬二郎[天保13年(1842)生。衆議院議員や高岡市長を歴任]が、この地を社で買い取り、明治23年(1890)に高岡市に寄付した。同35年には条例を定め、公園に指定された。同42年の皇太子(後の大正天皇)行啓を迎えるにあたり整備が行われ、古城公園と連結するため定塚町通りまで突き抜け、両側に桜を植えた。同44年には桜馬場公園保勝会が結成され、高岡市は要望に応えて老樹を保護して木柵をかけ、桜時期には雪洞(ぼんぼり)を設置するなど保勝に力を注ぎ、県内外からの多くの観光客を集めた。
昭和14年(1939)には、富山県が桜馬場公園の桜を県の天然記念物に指定したが、周辺の交通量の増加などで荒廃が進み、同30年(1955)には公園指定が取り消され、現在に至っている。
<参考文献>
・『高岡市史』下巻,1969年
・高岡市『たかおか-歴史との出会い-』1991年
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