大野伊吉(『実業之富山』創業者)関係資料
おおのいきち(『じつぎょうのとやま』そうぎょうしゃ)かんけいしりょう
概要
大野伊吉は現高岡市福岡町大野生まれで、実業之富山社を創業し、初代編集長として地域経済誌『実業之富山』を発行した。
内容は多岐にわたり、伊吉が朝日新聞東京本社の記者時代に目撃・体験した2・26事件を父に詳細に報じた書簡(関連リンクあり)をはじめ、戦時中に陸軍北支方面軍県政連絡員兼新民会総会主席参事や鄭県県政指導官を務めた際の資料もある。
また、雑誌『実業之富山』をはじめ、実業雑誌編集の業務上の資料がある。師の高木友三郎をはじめ武田儀三郎、堀健治、綿貫民輔ら地元政治家や経済人らよりの多くの葉書がある。
また、戸出物産株式会社関係資料(写真、柄見本、書類など)、株式会社テレビユー富山(現株式会社チューリップテレビ)設立関係資料、藩札・紙幣、各銀行関係資料などもある。
関連リンクに資料目録あり。
大野伊吉(1909.1.11~90.1.5)
現富山県高岡市福岡町大野生まれ。苦学して法政大学経済学部に進み、同郷の同大教授・高木友三郎(北日本放送取締役・北日本新聞取締役会長)に教えを受ける。大学に籍を置きながら(要確認)朝日新聞社東京本社の記者を務める(1936年の2・26事件を目撃)。38年3月大学卒業、翌月同社に就職。42年陸軍北支方面軍県政連絡員兼新民会総会主席参事。44年鄭県県政指導官。46年3月帰郷し、高木教授との再会を機に、地域の振興・経済復興を目的として同年11月、地域経済誌『大東文化』(月刊誌)を高岡市にて創刊(のち『実業之富山』に改題)、代表として経営にあたる。技術・経営・文化等をテーマとして一度も休まず発刊してきたが、2018年4月号(第73巻第4号)にて休刊した。
(履歴書、「法政大学校友連合会報」第12号 2008年8月、『富山大百科事典』上巻 北日本新聞など)
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