絵看板
えかんばん
概要
絵看板
えかんばん
縦129.0×横68.7cm
千代田区隼町4-4 国立劇場
登録番号:74041-234
花柳章太郎コレクション
解説:赤井紀美(東北大学准教授)
独立行政法人日本芸術文化振興会
田中不染画の絵看板。絵看板とは、劇場や映画館の前に宣伝として上演中の作品の場面などを描いて掲げる看板のことで、江戸中期以降、歌舞伎の劇場で掲げられるようになり定着した。歌舞伎の絵看板は伝統的に鳥居派とよばれる絵師の一派が担っており、独特の絵画表現を確立し、現在も歌舞伎座には鳥居派が描いた絵看板が掲げられている。他方、近代に入ると新派などの新しい商業演劇が登場し、それに伴い劇場の絵看板を様々な画家が手掛けるようになる。鏑木清方や安田靫彦などの著名な日本画家が描いたものも残されており、日本近代美術と演劇の関わりが見て取れる。
本画を描いた田中不染の詳細は不明だが、昭和10年(1935)前後より歌舞伎や新派の絵看板を手掛けるようになり、他に挿絵、小学校の教育掛図(学校の教室において黒板や壁面に掲げて授業の際に用いた大判の絵図や表)を描いた記録もある。伊藤晴雨の後を継いで松竹で絵看板の仕事に携わったとされ、戦後まで活躍した。
「婦系図」(泉鏡花原作)の「湯島の境内」が描かれる。「婦系図」は新派を代表する演目で、特に主税とお蔦の別れの場面である「湯島の境内」がよく上演された。昭和8年(1933)、花柳章太郎は師匠である喜多村緑郎の後を継いで初めてお蔦を演じる。
章太郎の旧蔵品には同じく泉鏡花原作の「湯島詣」を不染が描いたと思しき絵看板も残されており、章太郎にとって思い出深い演目であったと考えられる。章太郎(1894~1965)の旧蔵品で平成10年(1998)に遺族の青山久仁子氏より国立劇場へ寄贈された。
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